より安全な航海のための、より優れた技術
デジタル化は、海運業界の優先事項の中で、脱炭素化と同じくらい重要なものとして位置付けられています。これらの2つは、一方が他方を可能にするような、切っても切れない関係にあります。少なくとも、業界が必要とする新燃料が利用可能になるまでは、これらが船舶や業務のパフォーマンスを向上させる手段となります。
デジタルツールは、複数の課題に対応する手段をもたらします。このツールにより、船主は燃料消費量の計算や報告が可能となり、補助的な航行データを提供したり乗組員に連絡したりすることで、航海の効率化が実現されます。
以前このページで述べたように、真の課題は、船員が重要な仕事に集中でき、人の能力を向上させ、健康と福祉をサポートするような方法で、デジタル化と人を結びつけるということです。
通信事業者のInmarsatがコンサルタント企業のThetiusに委託して作成された一連の報告書の最新版は、海運業界に対して大きな3つの質問を投げかけています。1つ目は、海運業界のデジタルトランスフォーメーションを考える上で、海事部門は人的要因をどのくらい重要視すべきなのかということ。
2つ目は、無駄がなくて競争力がある、デジタル化された収益性の高い商船事業を構築するために、人の能力がどのような役割を果たすのかということ。そして3つ目が、船主に適正な結果をもたらし、乗組員に安全でやりがいを感じる環境を提供する船を作るために、人的要因をデジタルプロセス、手順、テクノロジーとどのように関連づけるかということです。
世界経済を機能させる海運業界の人材の重要性は、誇張してもし過ぎることはありません。また、海運業界の発展の軌跡を見れば、十分な配慮を受けた意欲のある熟練船員が、ビジネスとESG(環境、社会、ガバナンス)の両方の義務を果たす上で極めて重要であることは明らかです。
海運従事者にデジタル技術や新興技術に対する不信感や恐怖心を抱かせるのではなく、海事部門は人的資本が今後も重要であることを認識し、乗組員に技術に親しんでもらうための努力をしなければならない ― 報告書ではこのように述べられています。
同書では、満足度が高いより生産的な船を作ることができるデジタルツールやコネクティビティにより、新しい優れた働き方が可能になると述べられています。また、全く新しいやりがいのある職務が誕生し、急速に成長していると言われています。
しかし、調査対象の船員の半数が、5年以内に雇用機会が25%減少すると考えている事実は、これらの職務がどのように進化したり代替されたりするのかをより明確にしなければならないことを示唆しています。
船員の幸福度が過去最低であることも、このような課題をより難しくしています。社会的期待や各世代の向上心が変化している一方、海での生活は多くの人にとって活気のないものです。
報告書では、MLCにインターネット接続の要件が追加されたことは、今日の海運従事者の主な懸念の1つに対応するパラダイムシフトであると述べています。当社の分析によれば、これは口で言うほど簡単なことではなく、期待されている接続の容易さが実際に実現されるかどうかはまだわかりません。
障害を除けば、先進国では至る所でインターネットに接続でき、発展途上国でもますます普及しています。新しい衛星が稼働すれば、インターネット接続はさらに普及するでしょう。
世界中の船員は、家族や友人と連絡を取り合ったり、海上での生活を向上させることができるさまざまなプラットフォームやデジタルサービスにアクセスしたりすることが楽しみになるはずです。しかし、こうした未来は一様には訪れないかもしれません。
デジタルフリートがもたらすメリットは明らかです。無駄ものを省こうとする専門家が反対派と言い争うというシーンは常にあるものですが、インターネットによって従業員同士がつながっている方が、より幸せを感じ、モチベーションも上がるはずです。ビジネス面では、(実際に行動して収集しようとせずとも)船からより多くのデータを収集することで、船員は、脱炭素化のための効果的な戦略を設けるうえで、必要な見通しを得ることができます。
もうご存知かと思いますが、デジタルトランスフォーメーションは、自律型または遠隔操作型の船と同義ではないことも覚えておいてください。Thetiusのチームは、デジタル化によって船員の職務はより充実したものになり、人間は海運におけるデジタル時代の中心であり続けると考えています。
デジタルツールやコネクテッドツールは、人間の能力を向上させ、人間のスキルを補完することができます。そして、デジタルツールを船員のニーズに合わせることで、脱炭素化や船員管理におけるテクノロジー主導の改善プロセスがより早く、より効果的に展開されると、同社は考えています。
現代の船舶は人と機械との連携が必要な複雑な社会技術システムである ― オペレーターがこのことを理解すると、より大きな構図が浮かび上がって来ます。ありふれた日常の作業から解放された人間は、より複雑な意思決定に集中することができ、より良い状況認識の助けを借りて判断することができるようになるのです。
しかし、そのためには、有能で献身的な人材を業界が集め続けなければなりません。さらに、業界は、そのような人材が適切な責任をもってリーダーシップを発揮できるようにする必要があることを認識する必要があります。
研究者は、デジタルトランスフォーメーションが新しいトレーニング方法を提供し、より良い労働条件により定着を促すことになるものの、新しいスキルや専門知識のトレーニングも必要となるだろうと結論付けています。
また、この調査で明らかになったことは、デジタル海事システムの設計において人的要因が正しく考慮され、海事労働者がデジタル化プロセスに投入されるようになるには、さらなる取り組みが必要であるということです。
しかし、多くの人が想像しているよりも、船員には変化に対する準備が整っている可能性があることを示す、大きな発見があります。現在、海上でデジタル技術を扱う乗組員の5人に2人(調査対象者の40%)が、システム設計や使い勝手の悪さを指摘しているというのです。この数字は、期待に対する不満や進歩的な考え方を持つユーザーグループ、つまり、船主が確保しようとする海運従事者が、デジタル化を真剣に考えていることを示唆しているのです。