ECDISを使用して新しい航路を進む
ECDISはどの船舶にも装備されているものですが、船舶への普及の割に訓練や規制が追いついておらず、船員はシステムを最大限に活用できていない可能性があります。そして、デジタルナビゲーションの本格的機能ツールというよりも、確認手段とされているようです。
航海の主要手段としてのECDISの普及により、航海用電子海図は標準の航法データソースとなっています。しかし、この電子海図の使用は、航海訓練や実務の根拠となる規制や航海計画ガイドラインの中にはまだ正式には反映されていません。
海上でENCやECDISを使用しているという現実が、実務要件ガイドラインや訓練のいずれにも反映されていないこの「移行期」の状態は、時代錯誤というものであり、知識と機能との格差を広げています。
ガイドラインや訓練のいずれにおいても、ECDISで航海計画を立てたりモニタリングや海図の更新を行ったりするときに直面する新しい課題が認識されておらず、海洋大学において(航海用電子海図と紙海図を使用したときの)航法計画の問題点を教えるように促されていることもありません。
複数の海運会社大手がブリッジシミュレータートレーニングを開始しているという事実は、現在の訓練の取り決めに関する信頼性や価値が失われていることを浮き彫りにしています。重要な安全装備の操作については、IMOの5日間のECDISモデルコースや「実地」習熟訓練では十分とは言えません。
これらは、英国およびデンマークの事故調査委員会によって行われた調査の主な結論であり、ECDISの設計者の意図と実際の使われ方との差が示されています。
調査は定性的方法論に従ったものであり、主に155名のECDISユーザーから聞き取った内容と、欧州海域を航行する種々の船舶31隻において6ヵ月以上にわたって収集された運行データに基づいています。
ユーザーは、作業負荷の軽減や、リアルタイムでの位置把握による状況認識の向上が、安全航行に対するECDISの主な貢献要素であると考えています。ECDISの信頼性や、その他の航法システムとの統合も、メリットとして見られています。
一般的に、さまざまな情報源が正確であり、ユーザーが機能不良を経験することも滅多にないことを考えると、ユーザーは通常、ECDISが提供する情報やその技術的信頼性に頼っていると考えられます。
ECDISの一部の機能は、海図の更新やウェイポイントを使用した航路のプロットなどの手作業を減らしましたが、これらが必ずしも安全航行に寄与しているとは見られていませんでした。
調査では、単純な繰り返し作業(船舶の位置のプロットや海図の更新など)の標準化や割り当ては、あきらかなメリットをもたらす一方、必要とされるユーザーとECDISとのやり取りにおいて、システム設計や実務、そして訓練にも影響する問題が生じていることが示されています。
これらの問題には、特に水先案内中のアラートやアラームによる混乱があります。これは、アラームを「正常化」したり物理的に無効にしたりするなどの行為につながるものです。
効果的な安全水深値の設定のはずが、実は非現実的な設定であったというケースが頻繁に生じると、ろくでもない設定を最大限に活用すべく表示を最適化しようとして、「公認の回避策」(手引き書に記載されている手順など)や「非公認の回避策」(アラームの無効化など)を用いるようになります。または、安全水深値が完全に無視されることにもなります。
自動航路確認中に発されるアラートの数や種類によっては、数多くあるささいなアラートの中で重要な安全アラートが見逃されるリスクが高まったり、アラートが無視されたりすることにつながります。インターフェイスやメニューが複雑であると、特に忙しい環境下での認知作業負荷が増え、ユーザーは他の情報源に目を向けることなくECDISに集中しなければならなくなります。
その他、レーダーによるパラレルインデックスの計画、避険線のプロット、注記の記入など、往々にして時間を要する手作業の面倒さは、ユーザーによる電子海図の応用を遠ざけるものとなります。また、レポートでは、ECDISにはその機能を使用するために多くの認知リソースが必要であり、これが理由でユーザーがECDISを必要最小限しか利用していないことにつながっていると述べられています。
検査という観点から考えると、ECDISの使用は枠組みとして残り続け、旗国検査、寄港国検査、船舶検査など、紙海図を使用した業務の流れの中で監査されることになります。多くの場合、これらの検査では新しい作業方法(位置を検証するためにレーダー情報を重ね合わせたりするなど)は認められません。
最も懸念すべきは、大きな違いはほぼないにも関わらず、一部のユーザーがECDISを信用しないように教育され、他の方法で船舶の位置を確認し続けるということです。
調査では、ユーザーの観点からはECDISが安全航行に寄与しているものの、その導入に伴う課題が問題であることが示されています。これらの課題の一部には、海底地形図の精度不足(つまり、等深線の表示が紙海図で示されているのと同レベル)や、人間中心の設計が考慮されていないことを原因とする、必ずしも効率的に機能していないシステムのオートメーションから生じているものがあります。
また、ECDISが紙海図と同様に見られている、つまり船種や取引は違えども統一された一連の技術を要する同質の作業プロセスであるとされているという、業界の惰性を原因とする課題も存在します。しかし、ECDISは、標準化および自動化された紙海図ではありません。これは、さまざまなソースからの情報を当てはめることで状況を反映させた、新しい形の知識を提供する技術であり、航行の状況において異なる視点を提供するものなのです。
ECDISは、管理、評価、解釈を要しながらも利用可能なデータを増やすことで、ブリッジで見張りをする人の船舶安全維持の役割を拡大しました。また、航行の実務の特徴や内容を多彩なものにし、種々の訓練や手順、技術的対策を必要とするようになっています。
ECDISの使用は、関連する慣習の中にある程度取り込まれているものの、残りの多くの領域で「ベストな」方法として取り上げられているのは、紙海図に関連する方法なのです。紙海図を使用する慣習が、世界中のほぼすべての海洋学校での航海訓練の中核として残っていますが、ECDISの使用が浸透し、関連の業務やスキルが発達すると、そうした訓練の継続は不可能であるように思われます。