デジタル化でもリスク管理の鍵は(今でも)人間
デジタル化および脱炭素化は、海運業にとって次の四半世紀の決定的な課題となります。それらがもたらす変化の規模があまりにも大きいため、第3の課題も生じます。それは、どのようにして大規模な転換を安全を損なわずに管理するか、ということです。
新たな船舶の設計、新たな手順やテクノロジー、そして全く新しい燃料などの変化は、通常は規制がリードする形で数十年かけて発展していくものです。ところがデジタル開発の速度と脱炭素化の期間がこうしたアプローチを全く反対のものにしてしまいます。斬新なコンセプトや船級協会・旗国と同等の検証を受け入れることで業界は規制よりも先に行動します。
業界の安全性は引き続き改善されていますが、船舶の座礁や積荷の紛失が絶えず、自己満足に浸ることはできません。さらに、衝突および接触、ニアミス、危機一髪の事態は日々の運行では日常茶飯事ですが、ほとんど報告されることはありません。
デジタル変革にはさらに高度なシステムの統合が必要で、カーボンニュートラルな海運には協調と透明性の向上が必要です。これら両方には、規制だけではなく、継続的な学習の文化が必要です。
海運業界が法定機関や規制当局よりも先行していることを憂慮した船級協会のDNV GLは先日、業界には関連する安全上のリスクを完全に認識し、管理する能力がない可能性について警告しました。
複雑で革新的なテクノロジーが変革を推進する上での鍵となりますが、安全には技術的な要素だけでなく、安全に寄与する人的および組織的な要素に対処し、両者の相互作用を考慮した全体的なリスク管理が必要です。
デジタル化はシステムをより複雑にし、新しい働き方や協調をもたらします。これにより、複数の利害関係者で構成される集中型と分散型のチームの寄せ集めへと変化した組織のモデルには、従来のリスク管理方法は不十分となってきています。
DNV GLは、この新しい、より複雑なリスクの構図をより明確化し、適切なリスク管理を実施する必要があると提言しています。また、これを実現するには、革新的な技術の複雑さに着目することは重要ではあるものの、それだけでは不十分であると指摘しています。
当然のことながら(少なくともいつもお読みいただいている方々にとっては)、この変革が成功するかどうかは、人間にかかっています。特に、安全な運行に必要な創造的で建設的な問題解決の能力を発揮するために人々に何が必要なのかということの理解が不可欠です。
人々とテクノロジーが共存して業務に当たることで、いつ、どのような状況下でも、何が起こっているかを監視して理解できるようになるはずです。これは乗組員だけでなく、メンテナンスエンジニア、サプライヤー、設計者、マネージャーおよび規制当局にも該当します。的確なタイミングで適切な情報を得られれば、人間が技術的なシステムからのフィードバックを創造性、問題解決能力およびオペレーションに関する洞察で補完することができます。
DNV GLの分析は、海運のオペレーションの実施方法に2つの大きな変化を予見しています。まず、コネクティビティが発展し、テクノロジーが成熟するにつれて、現在は船舶で行われている業務のより多くが陸に移ります。次に、現在1ヶ所で行っている業務を複数の場所にいるチームのメンバーに割り当てて遂行する「分散したチーム」が増加すると考えられています。
チームを船舶と陸上の拠点に分散した業務の集中化によって、従来の働き方が変化します。これによって、責任、説明責任、意思疎通の必要性、能力の要件などについて疑問が生じる可能性があります。したがって、集中と分散の組み合わせが成功するかどうかは、デジタルの未来における人間の役割についてしっかりと理解することにかかっています。さらに、「業務割り当て」の構造化されたプロセスと人間中心の集中型の設計が必要です。
何十年にもわたり、海運業界でのオートメーション化の開発は人間の関与が減れば安全性にメリットがあるという仮説に基づき、テクノロジーが人間に取って代わる方法で進められてきました。しかし、より多くのテクノロジーを駆使したからといって、必ずしも人的ミスが減るとは限りません。人間の要素が、どのように技術の限界を補うことができるかを認識することが大切です。
業務の割り当ての目的は、テクノロジーと人間の業務を最適に配分することです。システム設計が安全基準を満たしていない場合、またはシステムが意図した通りに機能しなかった場合、介入する人手が不足するおそれがあるため、これはデジタル変革で特に重要です。
より多くのデジタルソリューションが導入されるにつれて、人間の安全性に対する役割は裏方に回ってゆくと期待したくなりますが、これらの諸要素から人的要素を完全に取り除くことはできません。事実、高性能なシステムは、業務割り当てというダイナミックなプロセスの中での人間とテクノロジー両方の長所と短所を考慮することによって最高の結果を約束します。
これによって、人間中心の設計プロセスに従って、人間の能力に影響する要因をより明確にすることが必須となります。こうすることで、オペレーションの技術的および組織的な要因とともに、人間の長所をさらにサポートし、短所をカバーすることに役立ちます。
さらにデジタル化が進む海運業界で安全性を確保し、それを維持するには、多角的な行動が必要です。つまり、デジタル環境での人的要素のニーズを解決すること、およびシステムの複雑化を管理するための統合もまた必須です。おそらく最も重要なのは、新たなリスクや今後発生するリスクを理解・管理するために、組織がデジタル変革の戦略を策定しなければいけないということです。