おそらくは、これまでで最悪。こうしたことはなかったでしょう。
過去12ヵ月の海運業界のさまざまなレビューで、1つの名前がとどろいています。そして、Ever Givenが北欧でようやくその貨物を降ろしたときに、保険会社のAllianz Global Corporate & Specialty(AGCS)は、安全性と輸送に関する年報(Safety and Shipping Review)を発行しました。
Allianzが指摘するように、スエズ運河の座礁事故は、増加をたどる大型船舶が絡む一連のインシデント中ではごく最近のものです。輸送会社は、より大きなスケールメリットと燃料効率を求めているため、コンテナ船や自動車運搬船、そしてばら積み貨物船は、大型船の中でもこの数十年で特に大型化してきました。
排出ガス削減のための環境規制の圧力が高まり続けていること、また、コロナウイルスが世界的に流行しているもののより大きな船舶が発注されていることから、こうした傾向は今後も続くものと思われます。
また、AGCSは2020年の年報の中で、予測とは難しいゲームであるという趣旨の意見を述べました。その年報では、コロナウイルスと長引く景気低迷の結果が長期的な安全性の改善を脅かし、コスト削減策、疲労した乗組員、そして遊休状態の船舶に端を発する赤字の増加を引き起こすだろうということが警告されていました。
ただ実際は、2020年の「赤字年度」において、増減している10年間の損失平均に大幅な改善が見られ、規制、船舶設計や技術の改善、リスク管理の進歩など、長年にわたり注力してきた安全対策のプラスの影響が反映されたものとなりました。
かと言って、存在する問題を見落としているわけではありません。中国南部、インドシナ、インドネシア、フィリピンは、2020年の世界損失のホットスポットであり、全損失の1/3を占めています。インシデント件数も、対前年比で微増しています。東南アジア水域も、過去10年間の主要赤字地域です。こうした赤字は、ハイレベルな地域貿易や国際貿易、混雑する港湾や過密状態の海上交通路、古い船舶、異常気象の存在など、数多くの要因によって引き起こされています。
コロナウイルスにより経済への壊滅的な影響があるものの、海運業への影響は、当初恐れていたほどではなく、輸送業界とそのサプライチェーンの回復力が実証される形となりました。世界の海上貿易量は、2020年に3.6%減少しただけにとどまり、今年は2019年の水準を順調に超えようとしています。
しかし、AGCSは、大勢の乗組員が船舶に乗ったままで身動きが取れず、次世代の船乗りに関する深刻な懸念があるという警告の合唱の輪に加わっています。コロナ禍は、トレーニングや人材開発に影響しており、勤務条件などの理由から、対象部門は新しい人材の呼び寄せに悪戦苦闘するかもしれません。経済や国際貿易が立ち直ると、人材不足は、輸送需要の急増に影響を及ぼす可能性があります。
一般的に言えば、海運業界需要へのコロナ禍の影響は、これまでのところ限られたものとなっています。船舶保険に関しては直接的な影響はほとんどないものの、海上賠償責任保険会社は、クルーズ船の乗客賠償請求に直面するだろうと予測。貨物保険会社においては、生鮮品に関する保険請求の増加が見られています。
輸送需要の急増は、パンデミックとも相まって、造船所にプレッシャーをかけています。船体や機械については、製造やスペアパーツ納入の遅れ、利用できる造船所スペースが限られるなどの理由から、費用が増加しています。
海難救助や修理の費用も増加しています。保険会社では、コロナ禍が乗組員のメンテナンス実施能力やメーカーの手順に従う能力に影響してくると、機械の故障による請求が急増する可能性があると見ています。メンテナンス手順に従っていない場合、機械の故障による請求は、クルーズ船業界の活動再開を機に増加する可能性があります。また、運航休止中の船で火災が発生したという事例もあります。
サプライチェーンへの脅威も増加しており、コロナ禍が中国で再燃していることから、この脅威は今後も続くものと思われます。しかし、この数ヶ月で実証されたように、Ever Givenの座礁は、すでに存在していた遅延や混乱を悪化させることはほぼありませんでした。パンデミックのみならず、異常気象によっても引き起こされたさらなる混乱は、世界の一部の地域で速く復旧していることもあり、コンテナ商品に対する需要の急増に相反することになるでしょう。
また、政治的リスクも海上輸送やサプライチェーンに影響を与えます。2020年、中国とオーストラリアとの貿易に関する論争は、60隻を超える船舶が最大で9ヵ月間海上で足止めされる結果となり、貨物である火力発電用の石炭を納入できず、乗組員が交代することもできませんでした。
最近発行された気候変動の進展に関するUNFCCCの報告書の内容を考えると、生産者国や消費者国、そして航行における厳しい天候の影響を無視するわけにはいけません。
近年では、米国のミシシッピ川やヨーロッパのライン川など,内陸の輸送ルートでの洪水や干ばつによる輸送への影響が増加しています。ACGSは、気候変動の不安定さが輸送にますます影響を与えていると述べています。輸送業界もゆくゆくは、異常気象の影響への取り組みや軽減活動に、より積極的に関与する必要があるでしょう。
遅延や天候不順を原因とする請求のシナリオには、コンテナ輸送における冷凍貨物の損傷、水位が高いことを理由に停泊したまま長期間待機させられたばら積み貨物船からの保険請求、主要ストレージエリアが満杯のときにロールオン・ロールオフ船の貨物が荒天により流された場合などが考えられます。
船主にはより良い情報が必要です。ACGSが言うには、そうした情報には、現地の政治的状況やリスクシナリオに関する情報も含まれるとのこと。船主は、事前計画の立案や出発遅延、避難、代替港への航路の変更など、損失防止策の実施に役立つ技術を利用することで、より正確な航行計画や天気予報を選び出すようになるのです。
海上の安全に関する多くの側面と同様に、利用するためのデータや手段はすでに存在しています。それらには、より良い航路計画や天候に基づく航路の決定から、天候や海流に関する情報提供が可能な航海の最適化に至るまで、さまざまなものがあります。管理すべき多くのリスクがありますが、それは、業界が把握しておかなければならない安全性に関するチャンスなのです。