適切に対応するには
「将来、安い燃料はなくなるでしょう」。これは、海運業の脱炭素化に関する議論を始めるときに、毎回、ほぼ間違いなく使われる決まり文句です。おそらくこの発言の後には、「手早く、簡単な解決法はないでしょう」と付け加えられるはずです。
大手石油会社が海運業を廃棄物の処分先として最良だと判断して以来、重油は、運用上の課題、不正行為に対する脆弱性、人間の健康への痛ましい副作用にもかかわらず、かなり業界に役立ってきました。
原油に連動した価格の急騰は別として、重油はどこでも簡単に購入することができ、整備されたインフラによって、バージやターミナルに横付けして給油するのが容易です。こうした手軽さとなじみ深さゆえに、変えることは困難であり、変化の過程には痛みを伴います。
その例として、IMOが許容硫黄含有量の削減に関する2020規制と第3次NOx排出量規制を打ち出したときの大騒動を見てみましょう。いずれの規制も異端視されました。いったい規制当局はどういうつもりなのでしょうか。煙突から出る有害排出物を制限すべきだと言い張って、世界経済を支える海運業を罰しようとしたのです。
交渉とロビー活動と調査に10年以上かかったことを忘れないようにしましょう。その中に含まれるいくつかの調査では、人口過密な港湾都市における小児喘息と超過死亡には船舶起因の汚染が寄与しており、それ以外に原因が考えられないと結論づけています。
しかし、IMO2020は、これから起きることのための場を設けたにすぎません。パリ協定に示された公約を果たすために、海運業は低炭素燃料と潜在的ゼロ炭素燃料に移行し、二酸化炭素排出量を10年以内に劇的に削減して、2050年までにさらに削減しなくてはなりません。
IMO2020のときは、価格が上昇して技術的問題が続発しましたが、世界は回り続けました。業界が脱炭素化により積極的に取り組んでいるのは、おそらくその経験に懲りたからでしょう。もっとも、業界が課題の規模をまだ完全に理解していないからだとも言えます。
業界のこの姿勢は、大半の船舶が排出ガス量を低減すれば航行を引き続き認められるという仮定の下で、今後数年間は重油が使わるという事実をいくらか反映しています。さらに、燃料としてのLNGが安全な準拠ソリューションであり、販売量を増やそうとしている大手エネルギー会社にとっても好都合であるという事実も反映しています。加えて、長期的な見通しを考慮せず、より多くの船を建造することに関心がある者たちからの熱狂的な応援も受けてきました。
業界がまだ完全に取り組んでいない課題は、LNGが過渡的なソリューションにすぎないということです。なぜならLNGは、直近の競争相手であるメタノールと同じく従来型の化石燃料であり、運航時の二酸化炭素排出量を減少させるとはいえ、それ以外のもっと危険と考えられる温室効果ガスを排出するからです。
メタノールにも、とりわけ炭素分子を含んでいるなどの課題があります。しかし同時に、燃料として使用する際の二酸化炭素排出量を低減し、しかもLNGとは異なり極低温貯蔵を必要としません。
LNGとメタノールの両方に求められるのは、再生可能エネルギーの大量生産を可能にする政治的枠組みと投資戦略です。これは、メタノールについてはすでに行われていますが、LNGについては、EU、米国のいくつかの州、およびその他の国々がエネルギー源としてのガスからの転換を宣言するなど、規制の機運が後退しているように思えます。
政策立案者の興味をよりそそるのは水素に関する展望です。船主も水素に関心を抱いていますが、長期的なカーボンフリーの選択肢としては、むしろアンモニアを好んでいるようです。
水素は、「軽ガス」経路の終端に位置しており、軽くてエネルギー含有量が高い小分子ですが、極低温での燃料供給システムと貯蔵をはじめ、要件が厳しくなります。水素経済の構築には大きな技術的進歩が必要で、実用的なソリューションになるまでに10年かそれ以上かかるでしょう。その対価として、LNGやHFOのほぼ3倍というエネルギー含有量が得られます。欠点は、現在製造されている水素の大半が化石燃料に由来し、ライフサイクル全体で見ると持続可能ではないことです。
LPG/メタノール経路は、最終的にアンモニアに到達します。業界が、燃料としてのアンモニアの潜在性を採用する用意があるように思えるのは、おそらくメタノールと同様に積み荷としての実績があるからでしょう。タンク・トゥ・ウェイク(tank-to-wake)で見ると、製造源にかかわらずゼロカーボンです。燃料としてはかなり有望ですが、貯蔵と利用のための技術はまだ開発中であり、新たな規制で安全性に関する具体的配慮を定めなくてはなりません。
最後の選択肢も注目を集めていますが、他と同じくいくつかの課題に直面しています。成否の鍵を握るのは、再生可能資源に由来し、液体燃料を作ることができるバイオ/合成燃料です。この燃料は、軽油に似た特性を持つため、新しいインフラと搭載技術に関する要件はずっと少なくて済み、現在の船舶設計に最小限の変更を加えるだけで使用できます。
第1世代の植物由来のバイオ燃料は、食用作物との競合に直面し、製造時に多くの二酸化炭素を排出しますが、第2世代のバイオ燃料は、こうした課題を克服しながらMGOと同様のエネルギー含有量を示します。リグノセルロースや藻類ベースの燃料といった第3世代は、魅力的な価格で調達できるようになれば、潜在的に年間約5億トンの燃料を業界に提供できるでしょう。
ここで費用、技術、入手可能性の話に戻ります。すでにいくつかの賭けが行われていますが、今のところ選択肢は限られています。私達が覚えておかなくてはならないのは、手早く、安く、簡単には済まないだろうということです。それ以外には?全速前進しかありませんね。