以前の状況には戻らない、船舶のデータ通信
コロナウイルスの世界的流行により、さまざまなものが変化してきました。海運業界はこれまでのところ、他の領域に波及する、構造を揺るがすような影響は少なくとも回避できているようです。その理由の一つには、船舶は人目に付かない所で動いているという性質が挙げられます。この性質は、今年初旬に紅海付近で起きた出来事により、ほんの少し明るみになりました。
この出来事がサプライチェーンに与えた影響により、良くも悪くも、船舶がどのように機能しているかということに注目が集まりました。このときに目にしたのは、船上に残されて下船できず、家に帰ることもできない乗組員の辛い状況です。足止めされているクルーズ船の乗組員がやつれた様子で働いている光景も目にしましたが、これらは良い記憶として残っているものではありません。
しかし、世界の多くの人々が在宅で勤務する中でも、船舶は動き、人や物のつながり、そして交通や通信を維持しているのです。サプライチェーンの回復力は近代の奇跡とも言えるものですが、これはまだ一部でしか見られないもの。なぜなら、その回復力を支えるテクノロジーは、ようやく準備が整ったところだからです。
通信は、船舶の運航者にとって悩みの種になることがよくあります。それは、運航者が頼りにしている衛星通信が、少なくとも陸上通信と比べると高いコストがかかるものであり、複雑で、障害が発生しがちであるからです。
2020年は、運航者が陸から船舶に命令を出して管理し、乗組員とのつながりを維持して健康を管理できていること、また、法定機関に調査を依頼して、同じ通信環境の中で船上のITシステムの整備やアップグレードを行うことが可能であることを、運航者自身が実感した年でした。
このような動きは、ここしばらく見られている傾向ですが、コロナ禍によってさらに加速されました。サービスを販売している衛星事業者やインテグレーターは、このことを予見していたに違いありません、
ここで、2つの出来事が発生しました。つまり、新しいシステムの設置が足踏み状態になる一方で、帯域幅の需要がうなぎ登りに増加したのです。その結果、昨年は需要が拡大するにつれて主要サービスプロバイダーのネットワークトラフィックが急増。プロバイダーは、宇宙にある人工衛星からのサポートを利用した、安全運営を維持するための手段が必要であることに気付きました。
商船は、最大の海洋通信市場をもたらしています。コンサルティング企業のEuroconsultによれば、2020年末には、この市場で稼働する端末が22万5,000台以上(稼働中の1万6,000台のVSATを含む)に達したそうです。
増加する帯域幅のニーズとは対照的に、2020年に設置できた新しい端末の数は限られたものです。そのため、サービスプロバイダーは、2020年中に価格を変更したり、帯域幅を増強したりすることになりました。ほとんどのサービスプロバイダーは、無料または割引が適用される通信時間やデータプランを乗組員のために用意したと発表しています。
しかし、ニュースは良いことばかりではありません。乗客数が頼りのクルーズ船分野は崩壊し、これに伴って通信需要も減少しました。大手の旅客船会社のほとんどは、2020年3月以降に業務がほぼ完全に止まった状態です。Euroconsultのデータによれば、2020年の年末には、前年と比較してVSATの設置数がほぼ80%減少したとのことです。
通常、多くの船舶の運航が休止された状態では、設置されたVSATシステムではなく、陸上の携帯電話ネットワークに頼って通信を行います。そのため、VSATの需要減少の救済策はほぼありません。
海運市場において、一隻当たりで最も帯域幅を使用しているものといえばクルーズ船です。そのクルーズ船の売上減少は、過酷な状況を強いられるサービスプロバイダーの収益に多大な影響を与えました。一部のプロバイダーは、倒産したり再建を余儀なくされています。
クルーズ分野で若干の回復の兆しがあることを前提とし、2020年に経験したオンデマンドの音声サービスや動画サービスの類に消費者が慣れたことを加味すると、通信に関する需要は、回復するどころか増加すると考えられます。
次に到来するものは、一部の観測筋が予測するほど劇的ではないかもしれませんが、今後の流れを決めるものとなるでしょう。海運業界で利用されている衛星サービスのほとんどは、大規模で費用のかかる静止衛星コンステレーション(コンステレーション:複数の衛星を連携させるシステムのこと)から得られるものであり、VSATプロバイダーが、数多くのプロバイダーからの信号を組み合わせています。
StarLink、OneWeb、Telesat、Amazonなど、非静止軌道を利用する新しい通信事業者は、低軌道にある数多くの衛星のコンステレーションを構築し始めているか、それに関する計画を持っており、より高速かつ高品質で、安価なサービスを提供しようとしています。
ユーザーになると見込まれる乗組員の数、そして効率の大幅な改善を必要とする業界からの需要がともに多いことを考えると、一部の通信事業者は海運業界をターゲットにすることでしょう。事実、Euroconsultは自社の計画がすべて実現すると、2030年までには、自社能力の半分を海運業界の通信のために費やすことになるだろうと見込んでいます。
これまで、このような類のサービスはありませんでしたが、先に述べた先駆者的事業者の一部は、ユーザーに直接働きかけるようになり、海運業界のバイヤーと数十年にわたる付き合いがあるサービスプロバイダーを通じて、市場で独自の道を切り開く可能性があると思われます。
多くのことが未知の状態ですが、1年も経てば、世の人々はリモートでの仕事の仕方、余暇の過ごし方、遊び方を学ぶことでしょう。そして、データサービスの需要の増加、ユーザーニーズに基づいたリモートツールや技術の発展が、必然的に起こることになりそうです。これに引き続き、特に、関連する新旧の主要企業の財務状況によっては、バリューチェーンの再編が起きるかもしれません。それらの企業の多くは、かなりの負債を抱えているのです。
いずれにせよ、より良い接続状況、スマートネットワークやハイブリッドネットワークのメリット、新しいアプリケーションの能力や使用感というものは、一旦経験してしまえばそう簡単に忘れ去られるものではありません。データ通信が以前の状況に戻らなくなった今、次の希望をはっきりと示すことが、業界の責務なのです。