答えは透明性です。では、質問はなんだったでしょうか?
すでにご存じのように、悪いニュースが出てくると、世界のメディアの関心はあっという間に移り変わるものです。もっとも、「エバーギブン(Ever Given)」の座礁は、それほど悪いニュースではありませんでした。知られている限り汚染や死者はなく、事故原因が悪質だったわけでもありません。
海難事故が起きても後で報告がなされない場合が多く、IMOは不満に思っているのですが、今回の事故は無視できないほど大規模なので、事故報告書が公開されてもっと多くのことが分かるはずです。
メディアの関心が新型コロナウイルスからこちらに向けられたのは喜ばしいことで、ワクチンの展開拡大に続く明るい話題の実例となりました。少なくとも欧米の消費者は、普通の暮らしが戻ることを待っています。
メディアの関心が続くことは期待できませんが、今回の事故は、グローバルサプライチェーン(国際供給網)が整然と機能するために欠かせないチョークポイント(海運の要衝)の重要性を私たちに気付かせてくれます。
座礁の原因がまだ確定していなくても、この事故から言えるのは、ナビゲーションをより安全なものにすること、そして情報量を大幅に増やして船上の出来事を把握する必要があるということです。
これには安全保障をはじめ、いくつかの推進要因があります。世界はこれまでの12カ月間、パンデミックが引き起こした停滞の中にあったかもしれません。しかし、安定に対する短期的および長期的な脅威がなくなったと考えるのは間違いでしょう。
アジアでの勢力圏を巡る地球規模の争い、増大する地域リスク、ペルシャ湾での船舶への攻撃、東南アジアや西アフリカ沖で続く海賊の脅威など、依然として私たちの周りでは問題の連鎖が続いています。
それでもこれに加えて、グローバルな航路が2つの大陸と北アジアへの玄関口のボトルネックをうまく通り抜けていること、さらに今まで大きな座礁事故が貿易を混乱させたことがなかったという事実から、世の中は順調に回っており、リスクがかなりうまく管理されているという安心感のようなものを抱かせてくれます。
とは言え、世界の船舶保有数の急増により、AISを用いた船舶監視は、たとえ衛星ペイロードの相乗りを活用したとしても対応能力の限界に近づきつつあります。混雑した海域にあまりに多くの船が存在するため、AISデータプロバイダーは、提供するデータの品質を高めるために新たな識別信号を探し求めています。
このことは、少なくとも船舶管理者にとって、エバーギブンに限らず最近の事故が示すように、自分たちが船上の出来事をまだ十分に把握していないかもしれないという思いをさらに強くさせます。「WAKASHIO(わかしお)」の座礁は、説明できないような理由で事故が発生し、深刻な結果をもたらす可能性があることを実証しています。
航海計画から逸脱した場合は、昼夜を問わず即座に警告が発せられ、船舶管理者に対応を求めるようにするべきです。管理者に連絡できないとか、状況を知らせない理由はないはずです。
「エバーギブン」の座礁は、サプライチェーンが停止したときにいくつかのメディアが推測したようなジャストインタイム(JIT)輸送の終わりでは必ずしもありません。それよりも、業界のデジタル化と最終的なゼロカーボン化のためには、より良い計画のスケジューリングと航行管理が欠かせない理由をはっきりと示すものです。
「Optimised Ship Routeing(最適航路選定)」と「Just In Time Arrival(ジャストインタイム到着)」の利用は、航海中と入港時に船舶の温室効果ガス排出量を減らしながら効率性を向上させることで、業界に幅広いメリットを生み出す可能性のある運用改善とみなされてきました。JITは、船が港の外でアイドリングしながら待っている時間を短縮します。これは、不必要に遅れることなく入出港できるように航海中の船速を最適化することで実現できます。
JIT到着コンセプトの導入には、港湾作業を含めた航海全体の包括的な視点が必要です。なぜなら、航海中に船速の増加が求められることもあるからです。船速の増加に伴って燃料消費量も増加しますが、港での待ち時間がかなり短縮されることで、結果的に全体の燃料消費量と排出量を低減することができます。
現代の船舶は、さまざまな技術を用いて目的地に到着するまでの時間を見積もっていますが、運航者は、より大きな問題に直面しています。その中のひとつが、船舶の建造やエンジン性能に関する情報の非公開です。こうした情報があれば、見積もりの精度を高め、性能の計算と最適化の取り組みを改善することができるはずです。
タンカーやバラ積み船など、船舶の種類によっては、JIT輸送モデルを実現困難にするような船速の低下が用船契約違反になる場合もあります。用船主と意思疎通を図り、温室効果ガス排出量削減への確約を用船主から得ることは、JIT輸送の前提条件です。
港湾でのジャストインタイム輸送にも、同じくらい多くの障壁があります。24~48時間を超える時間軸で水先案内人、タグボート、バースなどの資源がどれだけ利用可能になるのかを見積もる適切な管理システムを備えるのは、大規模な港湾に限られます。自動化とさらなる最適化を可能にするには、情報転送形式の標準化も求められます。
当然ながら、JIT輸送と最適航路選定を導入するためには、契約上の義務を果たして技術面と運用面の最新情報を提供できるように、船主/運航者、用船主、航行管理者、港湾当局の間の密接な協力が必要です。
もっと言えば、政治的、運用的、および技術的なリスクのある世界で本当に求められるものは、航海全般にわたるより良いデータと完全な透明性です。業界も、それが可能になるまでにやるべきことが山ほどあることに気づくでしょう。