公海条約と国境を越えた規制
広大な世界の海を汚染や汚濁などから保護するための条約は、海運にとってのもう一つの新しい先駆的な規制です。海運業界には、陸地から見えないところであまり対策を実践していないという評判もありますが、この条約は、規制が国境を越えて広がっていることを改めて認識させるものとなるでしょう。
17年間の交渉の末、約200カ国が世界の海を守るための原則に合意し、3月上旬に国連本部で「公海条約」の調印式が行われました。
この条約は、2030年までに世界の海の30%を保護地域にすることを目標としており、現在の1.2%から大幅に増加することになります。新たに保護される領域では深海での採掘や漁業が制限され、航路が変わる可能性もあるため、ナビゲーションや船舶の航路、航海の最適化に影響を与えることになります。
また、この条約が成立すれば、はるか遠くの海を汚染している船はより厳しい監視下に置かれることになるでしょう。この合意は、公海で起こることはもはや見えず気にかけられることもないだろうと指摘していた環境関連のNGOからも歓迎されています。
また、相互に関連するブルーエコノミーとそれを支える生態系の保護方法を反映したより全体的な方法を通じて、すべての海洋利用者が影響を監視するようになるだろうという期待の声もあります。
この条約は、60カ国が批准すれば発効することになりますが、どれくらいの時間を要するかはまだわかりません。参加国は、批准後に新たな海洋保護区の提案を始めることができ、その保護区は個別に承認を得る必要があります。
IMO(国際海事機関)のバラスト水管理条約は、批准までに10年を要しました。その主な理由は、この問題を管理するために必要な技術が利用可能になる随分前に採択されたからです。公海条約は、商業目的で海を利用する発展途上国や企業の政治によって影響を受ける可能性が多分にあります。
また、条約の締結を機に、オープンループ式スクラバーの利点に関する議論も再開されることになりそうです。このシステムは、2020年の世界的な硫黄分濃度規制に先駆けて、合意された基準で洗浄水を排出するシステムとして導入されました。これは、大気に放出されるガスには良い影響を与えましたが、海への潜在的な影響については賛否両論があります。
オープンループ式スクラバーが許可されて以来、学術研究により、バルト海で発見された発がん性物質や環境有害物質の増加が指摘されています。
また、バルト海向けの銅供給量の3分の1が、船舶用の銅系防汚塗料に使用されていることが明らかになりました。防汚塗料に含まれる金属は環境中で分解されないため、水、沈殿物、および土壌に高濃度に含まれることになり、すでに環境問題として知られています。
調印に対するさまざまな反響の中で、ベルギーの北海担当大臣はこの条約を次のように評しています。「海を大切に思うすべての人にとっての大きな一歩になります。2015年のパリ協定が気候にとって極めて重要であるように、この公開条約は海にとって極めて重要なのです」
海運業に携わる人であれば、これに関する推論を見逃すことはないでしょう。海運は世界中のさまざまな規制下にありますが、IMOは、炭素集約度と排出量の削減目標をパリ協定に合わせたいとの意向を公言しています。
IMOはすでに、海洋保護区や特に影響を受けやすい海域を規定し、MARPOL条約で海洋汚染を規制しています。この条約は、二酸化炭素やその他の大気汚染の削減だけでなく、海運がより厳しい監視下に置かれることを意味します。
議論が長年行われてきましたが、現在は、クルーズ船や商船が発する騒音が海洋生物の生息地や回遊パターンを乱すものとして大きく取り上げられています。
自然保護団体WWFによれば、海運は世界の海洋騒音汚染の主な原因であり、一部の海域では1960年代以降、10年ごとに水中騒音レベルが倍増しているとのこと。
もし条約加盟国が、船舶由来の汚染が重なって特定海域が危険にさらされていると示唆すれば、海運業界はおそらくより長い新しい航路を選択するようになり、そうしている間に汚染の管理責任を負わされることになるかもしれません。
紙の海図から電子海図になり、船舶と陸上側との統合が進み、航海計画や貨物輸送を管理する商業的関係がより重視されるようになるなど、ナビゲーションは独自の道を歩んでいます。
船舶に別の航路を航行させることが、航海の最適化、化石燃料の使用量削減、二酸化炭素排出量の削減という目的と一致するかどうかが、政治家に問われることになるでしょう。
また、環境規制の厳しい国が公海条約の基準を上回る規制を導入すれば、その国の海を航海する船に手数料がかけられるかもしれません。米国独自のバラスト水管理規則や特定の国によるオープンループ式スクラバーの一方的な禁止に見られるように、地球とその海は必ずしも平等な条件下にはないのです。