船員は、持続可能性の解決策?
海運経済の脱炭素化対策に多くの注目が集まる今、この話し合いには、考えられるすべての利害関係者が加わることは間違いないようです。このことは、プロセスに不可欠なさまざまな声の中で、船員の声がその代表としてこれまで取り上げられなかったことに対する疑問を駆り立てます。
これには、コロナ禍や手頃な価格で通信が利用できるなどのもっともな理由があるのでしょう。一方、国際運輸労連(ITF)は、脱炭素化をより大きな変革のチャンスであると見ています。
教育、対応策、機会の均等がなく、問題の規模の認識がなければ、変革は安全でもなければ持続可能でもない – ITFはそう考えています。今後20年間で、クルーレスの船舶がごくわずかしか利用されないと仮定するならば、誰が船舶を動かしているのかを思い出すのが賢明かもしれません。
11月初旬にリリースされたposition paperの中でITFが指摘するように、ほとんどの船員が最も軽減策を必要とするグローバル・サウスの出身なのであれば、COP26の平均的な参加国よりも、船員たちの方が気候変動の影響を大きく受けるのです。
低炭素への移行には、船舶設計、エンジンの種類、業務手順などの変更が伴います。これらの変更の実施には、大変な労力を要し、その成功には、特に船員による作業が不可欠となります。新世代の低炭素船を操縦するのは船員であり、避けて通れない問題が生じるときにその問題を解決するのも船員なのです。
低炭素業界への移行を日々推進するのは船員であるため、業界は、船員の専門知識や技術的知見に頼らなければなりません。事をうまく進めるには、船員の雇用、労働条件、安全衛生を保証すること、そして移行時に生じるコストを船員に負担させないことが重要です。
安全運行のための船員の採用にも、厳しい基準が必要です。高い技量を持つ十分な数の船員が乗船していれば、対応力が備わり、船員、船舶、環境へのリスクも軽減されます。海運業界は、気候変動により外界からの強いプレッシャーにさらされるため、対応力の向上は不可欠となるでしょう。
脱炭素化技術は、採用される前に安全衛生に関する厳しい手続きをクリアする必要があります。船舶の二酸化炭素排出量削減のための技術変更や業務内容の変化は、船員にとっての新たな安全衛生リスクを生み出します。争点となっている代替燃料の一部(アンモニア、水素、メタノールなど)は、爆発や腐食、毒性ガスへの暴露などのリスクを高めます。
同時に、輸送業界は、女性や若い作業員など、あらゆる従業員層にとって公平な業界となるチャンスを逃さないようにしなければなりません。業界が、長きにわたる性別による職務分離の解消に努めることは重要です。世界中の船員のうち、女性が占める割合はわずか1.3%なのです。
業界がその教育システムの改革に乗り出しているため、ITFは、最初から女性船員を組み入れなければならない機会が生まれるだろうと考えています。また、新しいタイプの船舶も開発されていることから、船上の新たな職場は、暴力や暴言などとは無縁なものにしなければなりません。
業界は、主力である1つのエンジンと燃料タイプに基づいていた流れから、今後20年は、複数の推進システムや燃料タイプを使用する流れになることでしょう。こうした流れには、複数のスキルを持つ人材や、目的に合った教育システムが必要になります。移行においては、雇用者もしくは政府(または両者)が船員の再教育コストを全額援助するなどして、船員をサポートする必要があります。また、限られた上陸の機会を船員が再教育のために費やさなくて済むようにしなければなりません。
舵取りの必要性が叫ばれる中、ITFは、政府の監督により労働組合や雇用者からの積極的関与を確保しながら、政府が新たな船員教育システムの改革において主要な役割を果たす必要があると主張しています。
完全に標準化された新しい教育システムは、非営利ベースで運営し、専門技術に欠ける質の低い教育機関によって船員や新たな訓練生が不当に利用されないようにしなければなりません。システムを監督したり、世界規模での標準化を確保したりする手段としては、国際的機関の利用が好ましいでしょう。2035年(最初の二酸化炭素削減の期限から5年後)の施行を理由とするSTCW条約の改訂もあることから、変更はより迅速に行う必要があります。
大規模な変化が到来しつつあり、ITFでは、船員も発言権を持つ必要があると考えています。悲しいかな、コロナウイルスの世界的流行は、船員が担う重要な役割、そして最も重要な物流を維持するために船員が払う犠牲を、世界中の人々に知らしめることになりました。
気候危機への対応という大きな課題に取り組む際に、船員による貢献が当たり前だと思われたり、船員の健康が軽んじられたりするようであってはなりません。政府と雇用者は必要な準備を整え、船員のために有用な情報を提供しながら、具体的なプロセスを今こそ実行に移す必要があります。
気候についての幅広い議論と同様に、対策についてはITFの要望が多く、拘束力のある内容は少ないものの、要点はよく絞られています。つまり、低炭素時代の輸送は、これまでの慣習や取り組みを基礎として継続されるべきだということです。
海運業界を全く別のものに変えてしまうと、多くの船員たちはこの業界を離れ、二度と戻って来なくなるでしょう。「No-one knows what I do, until I don’t do it(私が何もしなくなるまで、私がしていることは誰にも気づかれない)」と、古いことわざにもあるとおりです。